月曜日革命とお風呂

1月19日の日記です。
中前結花 2026.01.20
誰でも

月曜日。今日からまた1週間が始まる。
「書くこと」に専念する暮らしになってからというもの、「月曜日」というものに、どこか少し苦手意識があった。他の曜日に比べて、仕事が捗らないのだ。
週末も執筆はしているし、「休息モードから抜け出せない」というわけではないのになぜだろう? と考えていたけれど、家族で過ごす土日との落差に少し落ち込んでしまうのかもしれないなあ、と思い始める。人の気配のないさみしさ。それが心をざわつかせる原因かもしれなかった。

けれども時間がないのである。
いくつもいくつも書き進めなければいけない原稿がある。「さみしい」と拗ねている場合ではないのだ。そんなわけで「週の始まりに革命を起こそう」と、わたしは対策を練る。
ChatGPTとも話し合った結果、前の晩から「出かけるカフェ」を決めて、さみしくなる前にそこへ移動しよう! という約束を自分とした。おかげで、普段より「月曜日」を迎えることが怖くなかった。

そして今朝を迎えて。
日当たりのいい窓際で朝の仕事をしていたら、ぽかぽかとあたたかく、あんまり気持ちがいいものだから、徐々に「あれ? 今日のわたしは大丈夫なんちゃうかな」と思えてくる。「今日のわたし、没頭できるんちゃうかな?」とふつふつと自信が湧いてくるのだ。いける。いけそう。なんかいける気がする。というわけで、今日は太陽の光をいっぱい浴びながら部屋で作業に没頭することにしようと思った。そして曇りの明日、カフェに出かけよう。そうだ。きっとそれがいい。
毎日、天気を発表してくれる夫に感謝だ。

そう決めてしまうと、「原稿の書き直し」も「書き下ろし」も、暗くなるまでずいぶん集中して頑張ることができた。やるじゃないか。今日はちっともさみしくなかった。書き散らかした「書き下ろし」は、このあと大幅に修正しなければいけない可能性を孕んでいるけれど、まあいい。書くこと、進めること、向き合うことが大切なのだ。いい日にできてよかった。
友がとても嬉しい報告をくれたおかげもあるかもしれない。
途中で20分だけ散歩をしたけれど、今日はいつものように小難しいPodcastは聞かず、ダイアンのラジオを聴いた。月曜日は頑張りすぎない。頑張りすぎない。
ちなみにダイアンはデビュー当時から劇場で見続け、もう25年ほどになる。ダイアンの芸歴で自分の過ごした年月を、加齢を感じる。あの頃、ガリガリだったダイアン。まだまだ子どもだったわたし。時は流れ流れた。
それでも、友にもダイアンにもお礼が言いたい。「今日を彩ってくれてありがとう」。

そうして執筆を続けること数時間。
すっかり外は灰色に染まり、18:30を迎えた頃。わたしの頭の片隅でとある会議が始まった。
「先にお風呂に入ってスッキリしてから、仕事の続きをするのがいいのではないか」
「いいや、わたしのお風呂は1時間近くかかる」
「そうそう! さらに髪を乾かせば体力は尽きてしまうだろう」
「だけど、血流は良くなったあと原稿を見直せば、また新たなひらめきがあるかも?」
「休憩のつもりで入浴をするのは、実はとっても効率がいいかも?」
「でも、お風呂に入ってしまえば閉店モードが必ず訪れる」
「それに打ち勝つことはできると思う?」
たぶんできないと思う。
そう、たぶんできないとわかっているのに、わたしはなぜかお風呂に入ってしまった。今日は夫が仕事で遅く、絶好の仕事日和だったというのに。バブなんかを入れて、チャポンとお風呂に浸かってしまったのだ。

案の定、湯上がりのわたしは閉店モードだ。
長い長い髪を乾かし終えると、なんだかもう眠ってしまいたい気分になる。
けれどもそうだ、今日は月曜日だ。「月曜日から頑張る」。あんなに誓ったのはなんだったのか。なんとか力を振り絞るようにして、這いずりながら、もう1度机に向かう。パソコンを開く。そして締め切りの近い原稿の手直しを始める。

できる……できるじゃないか……!!
月曜日だってなにも恐れることはなんかないんじゃないか……!!
けれども本当は気づいていた。さっきから、「今日、アイロンかけとくね」と自分から申し出た夫のシャツが、ちらちらと目に入り、エアコンの前で揺れている。ヨレヨレのまま揺れている。
わたしは、見なかったことにしようと思う。


※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。

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