だからまあ、だいじょうぶ。
また1週間がはじまる。
ここしばらく、「1月20日の日記です」「1月21日の日記です」などと、1ヶ月前の日付を書いてしまっていたようで、なんとも恥ずかしい……。(webページは修正しました)
なんだか心がまったく追いついていなかったのだなあ、と改めて感じ入る。
もう2月も最終週だなんて、不思議なものだなあ。初詣が昨日のことのよう。
そして今日もなんとか早起きしたものの、朝の時間はふんわりぼやぼや。メールを返したり、日記配信をしたり、こつこつ仕事を進めはするのだけれども、頭が「シャキーン!」としないなあ。中も外もぽかぽかし過ぎているせいかもしれない。

毎日こんなふうに時間を刻んで予定を組んで、ひとつひとつに着手していくのだけれど、なかなかその通りに上手くいかないことも当然ある。そういうときは「組み方が良くなかったのか」「自分の調子が悪かったのか」「それとも、その他になにか要因があったのか」を日報を書きながら振り返る。2026年に入ってからは、なるべく「1日に多くて3記事の着手」と決めているのだけれども、まだまだ守れない日もやっぱりあって。
着実に、良いものを書き下ろしたり、磨いたりしながら、ひとつずつ前に進めていきたいなあと思う。あと、時間がシュンと過ぎて「この30分は何をしていたんだろう」というような、「謎めいた時間」を減らしていきたい。ミステリアス。
今日は難航している書き下ろしの原稿を進めたり、明日の打ち合わせの準備をしたり、もうひとつの書き下ろし原稿をほんの少しだけ進めたり……。けれどもあまり進みのいい1日ではなかったかもしれない。もう少ししなやかに速やかに筆を運べるといいのだけれど、なんだか考え込んでしまう時間が多くって。牛歩だ。いやあ、牛よりもきっと遅い。亀歩だ。
そして夕飯は、友と嬉しい時間を過ごした。近ごろの暮らしや仕事や日々の不安なこと……、さまざまを話す。みんな、きらきら嬉しい日とスースーと胸に穴の空くような日を行ったり来たり。まあ、だれだってそんなものだよなあ。

バイオリズムとでもいうのかわからないけれども、そういう流れのようなものもきっとある。落ち込んでしまうことも、もう何もかも嫌になってしまうこともあって、不思議だけれど、そういうものは重なることも多いから、「ああ、だめだ」なんて、塞ぎ込んで。でも、きっとまた浮上して溢れんばかりに意欲的になったり、胸がいっぱいになるような嬉しい出来事に出会えたりもするものだから。巡り巡る。いつだって、季節も気分も巡り巡る。「だからまあ、だいじょうぶ」そう思うしかないんだよな。
心満たされる夜が更けていった。
※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。
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