「元日」という意識
昨夜の大晦日、夜ふかしをしてしまったせいで、目覚めたら9時だった。
郵便受けを確認する。おどろいた。ついに年賀状が0通になったのだ。毎年、「こちらからは出さずに、いただいたら返すスタイル」でここ10年ほど過ごしてしまった結果だけれど、無ければ無いでさみしいものだ。広告や馴染みの美容院やネイルサロンさえなかった。元日の朝、はじめて口の中でつぶやいたのは「人気がないなあ」だった。
思えば、13〜14年ぐらい前は「ミクシィ年賀状」というサービスの企画をしていて、企画書の1枚目に「年賀状という文化ほど、あたたかいものはありません」と書いた。そのあたたかさを完全に失ったのだ。やってしまった。
テレビをつけて『新春!爆笑ヒットパレード』を見ながら、恒例の下手くそすぎる「手作りおせち」とお吸い物を食べた。「お正月感」を全身で感じる。今年に至っては、「おせち」と言っても自分で作ったおかずは4品だけ。それでも「お正月感」のために、なんとか続けている。おせちという文化ほど、華やかなものはありません。失いたくない。
そして、おせちを片付けづけると手持ち無沙汰になったので、2025年の領収書の整理をした。来たる確定申告のためだ。元日から何をしてるんだろうか。薄れる「お正月感」。
なんとか取り戻そうと、少し遠くまで足を伸ばして初詣に行く。
1時間ほど並ぶと、辺りはすっかり灰色。日が沈んでしまった。例年のことながら、お賽銭に見合わない量のお願いをしてしまって、その場ですぐに反省をする。
そして「おみくじ」を引いた。「だいたいのことは叶うけど、楽なほうに流れたり、怠惰なことをしたり、悦びに溺れていたら、えらい目に遭うぞ」ということが厳し目に書かれてある。すぐに楽なほうに流れる質だ。神様はなんでもお見通しである。「舐めるな」ということだなあ、と恐ろしく思い、その場で「舐めません」と深く誓って、兜の緒をぎゅっと締める。そんな心持ちになる。
そして帰り道、商店街を歩いていると急に「◯◯さん!」と夫がいつもより少し大きめの声を出して、前を歩いていた男性を呼び止めた。男性のとなりには美しい海外の女性が寄り添っている。「おお、これはこれは」と男性はにこやかに応えて夫の肩に手を置く。おそらく年齢からしても目上の人だろう。夫は「妻です」とわたしを紹介した。そしてみんなで「お世話になっています」と頭を下げあう。連れ合いの女性がわたしに手を差し出してくれたので、こちらも差し出すと「エレンです」あるいは「エリーです」と言って握手をしてくれた。もしかすると「エレナです」だったかもしれない。「応えなければ」と、なぜだか「ユゥカァです」とちょっと海外風の発音で伝えてしまった。女性がにっこりと微笑んでくれたので、まあ良しとする。少し世間話をしてわたしたちは別れた。
「誰だったの?」と夫にたずねると、「海外出張に行くとき、いつもすごくお世話になっているんだよね」と言う。「つまり誰なんだろう」と思ったけれどまあそれはそれとして、「なんで、『あけましておめでとうございます』って言わなかったの?」とたずねると、「うわ!! 俺、言わなかったよね? ていうか、◯◯さんも言わなかったよね? 普通、元日に会ったらいちばんに言うよね? しまった。なんで言わなかったんだろう。俺、今日、元日という意識がちょっと薄いかもしれない」とよくわからないことを言った。元日という意識。なんだそれは。おせちも食べたし、爆笑ヒットパレードも見たし、初詣もしたじゃないか。なんで元日という意識が薄れるんだ。わたしが領収書の整理なんてしたせいだろうか? それでも、昨晩は紅白も見たし、年越し蕎麦も食べたじゃないか。どう考えても元日だ。なぜ意識が薄れるのだ。
けれども、ふっと思い返す。今朝「俺がお吸いものを作るから、郵便受けを見てきてよ」と言い出したのは夫だったことに気づいたのだ。それでわざわざ覗きに行ったのに、わたしは0枚、夫は1枚という不甲斐ない結果で、その夫あての年賀状には、溢れるほど政治的思想が書かれてあったのだった。夫は腕を組んでしばらくなにか考え込んでいる様子で、そのときは不思議に思った。
けれどもそうだ、きっとたのしみにしていたのだ、年賀状というものを。たしかに去年までは10枚近く来ていたように思う。夫はそれを嬉しそうに読んでいた。やっぱり時代の流れには抗えないなのだなあ、と改めてさみしく思う。もしかすると、元旦という意識がそこで失われてしまったのかもしれない。なんとも残念なことだ。
「年賀状という文化ほど、あたたかいものはありません」あのときの言葉が、胸の中で何度だってこだまするのだった。
※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。
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