あたたかい暗闇
水曜日。カーテンを開けると見事なほど空が晴れ渡っていて、「これはいい」と洗濯機を回した。洗濯という家事は、特に好きでも嫌いでもない。けれども、こういう日に太陽を浴びながら1枚ずつ「パンパン」として干していくのは、やっぱり気持ちがいい。「暮らしている」という気がする。
日記を配信して、原稿に取り組む。
窓際の光が本当に心地良くて、なんとも気分良く仕事を始めることができた。「今日は、少し遠出をして仕事をしよう」と思っていたけれど、あまりの快適さになんだかそんな気分が薄れてしまう。夫が「今日はよく晴れているけど、明日は曇りらしいよ」と言って、今朝出かけて行った。天気のいい日に出かけるのも気持ちがいいけれど、明日こそ気持ちが塞ぎ込みそうなことを考えると、「遠くの素敵なカフェに出かける」というのは明日にしてもいいかもしれない、と考えてみる。だって、今日は自宅がこんなに気持ちいいんだもの。
予定を変更して、今日はもうしばらく自宅で作業をすることにした。あとから振り返ると、「面倒なだけだったのかもしれない」とも思うけれど、まあそれでもいい。原稿の書き直しを頑張った。
夕方には、近所のカフェで書き下ろしの原稿に取り組む。
悪い癖で、またいろいろと思い出して、ぼろぼろと涙をこぼしながら作業をしてしまった。どうしても昔の出来事をなぞるように書いていると、胸が震えて、涙が出てしまうのだ。
「こちらへどうぞ」と店員さんに案内されたときは「変な席だな」「もう少し開放感のある席がいいな」と思ったものだけれど、ボロボロと涙を流している今となっては、この「閉じ込められてんのかな?」みたいな席でちょうど良かったなと思い直す。
自宅で泣くぶんには一向に構わないと思っているけれど、外ではなるべく控えたいものね。この「幽閉席」は、そんなわたし向きの席だった。
しかし、ヒートテックを着て、セーターを着て、ウルトラライドダウンを着て、「コーヒーフロート」を飲んでいる不思議。なぜいつもこういうことをしてしまうのか。自ら体を凍らせよう、凍らせよう、としてしまう。夕飯はなるべくあたたかいものにしようと思った。
夜ごはんは、鶏むね肉の甘酢胡麻だれなどなど。あたたかいお味噌汁もつけた。
乾燥ワカメを入れたところ、あまりにも量が多くなって笑ってしまったけれど、パッケージの裏側を見ると「水で戻すとカサが約10倍に増える!」とちゃんと書いてあった。なるほど、10倍か。すごいな。いつも適当に入れていたけれど、入れ過ぎるとこんなことになるのか……と深い深い暗闇のような鍋を覗き込みながら思った。
体が温ままったあとは、今日から始まった今泉力哉監督のドラマ『冬のなんかさ、春のなんかね』を観る。主人公は小説家。自宅に洗濯機があるのにコインランドリーに度々通っていて、その理由を「なんか、さみしいじゃないですか」と語っていた。コインランドリーには行かないけれど、なんとなくわかる気がする。今後、担当の編集者さんなども登場するようで、たのしみだ。
ものを書いている人はどんなふうに生きてるのか。わたしもそれを覗き見したいのだ。
※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。
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