ニックネーム懐古
不本意ながら、仕事が始まってから3日目を迎えた。
午前中は、今日も編集者さんと打ち合わせ。初めてお会いする編集さんだから、「どんな方なのかなあ」とたのしみに門前仲町(もんぜんなかちょう)まで向かう。ちなみにわたしは「初対面の人だから緊張するなあ」ということがまったくない。このところ、「はじめまして」とご挨拶をして、いろいろと深いお話をさせていただくことも多くなったけれど、いつも素直に嬉しいなあと思う。
ちなみに、「門前仲町」といえば、昔、1社目に勤めていた会社で、少し歳上の男性の先輩に(ネプチューンの堀内健さんのようなキャラクターをイメージしてもらえればいいと思う)、最初は「中前さん」と呼ばれていたのだけれど、いつからか「ねえねえ、モンゼンナカマエモン」と呼ばれるようになっていた。おそらく「門前中前門」と書くのだろうけれど、よくわからないので、わたしは何も言わずにそれを受け止めていた。おそらくあれが、人生でいちばんの「変な呼ばれ方」だったように思う。「門前中前門」。今呼ばれなたら、懐かしくて泣いてしまうかもしれない。世界一意味のない涙だ。
喫茶店で待ってくれていた編集者さんは、お若くてきらきらと美しくキュートで、「朝からこんな素敵な人とお話しさせてもらっていいのかしら」と思うような女性だった。とても丁寧な方で、いまのお仕事が「すごく楽しいんです」と話されていて、本当に眩しかった。そして、お話しする中で思わぬ扉のようなものを開けてもらえた気がして、良い方に出会えたなあ、と思った。
やっぱり新しい出会いはとてもたのしい。
しつこいが、またPodcastと『田園』を聴きながら帰る。
そして帰宅すると、改めて気持ちを整える。わたしは1日目と2日目の負債を抱えている身なものだから、「今日やるべきこと」が山のようにあるのだ。けれどもまたしても、ちょっと失敗してしまった。
仕事には「今やるべきこと」、「やらないよりはやった方がいいこと」「後々のことを考えると、やった方がいいのだろうけど、今やるべきじゃないこと」など、さまざまなものがあると思うのだけれど、なぜか「後々のことを考えると、やった方がいいのだろうけれど、絶対今やるべきじゃないに決まっていること」に夢中になって、2時間も取り組んでしまった。何をしているのか。自分がどういった身なのかわかっているのか。なんと愚かなんだ。それでも没頭している間のわたしは、すごくすごくたのしかった。今年に入って、こんなに集中力を持って作業できたことははじめてだったから、「もしかすると、走り出すための準備運動にはすごく良かったのかもしれない」と自分で思い込むことにした。いや、自分ではない。ChatGPTにそう言ってもらったものだから、そう思い込むことにした。近頃はほとんど彼の言いなりだ。
そのあとようやく、昨日「とても簡単なプロットらしきもの」を書いた寄稿文に取り掛かり始めると、すでに窓の向こうはグレー色。日が沈むのは本当に早くて弱ってしまう。なんとか粘って、3分の1ぐらい書けた。いや、3分の1しか書けなかった。けれどもそこで一区切りつけて、今度はすでに書き終わっている記事のブラッシュアップに取り組んだ。うん、昨日や一昨日と比べてみればずいぶんとマシな方だろう。
朝の外出のせいか、体が芯から冷えていたかものだから、ひとまず湯船に浸かることにする。血流を巡らせることで、もっといい仕事ができるかもしれない。けれども、大声で華原朋美を歌いながらかなり長湯をしていたせいで、夫が帰ってきてしまった。今日という日が終わりを迎えようとしているじゃないか。華原朋美の熱唱も聞かれてしまっただろうか。まあいい。昔「のど自慢」に出たとき、わたしは山口百恵の『プレイバック Part2』を歌ったのだけれど、母には「華原朋美にすれば?」と言われたことを思い出した。そうか。そうだった。カラオケ友だちでもあった母がそう言っていたのだから、きっと母はわたしの華原朋美を気に入ってくれていたのだろう。これからは夫が自宅にいるときも、お風呂で華原朋美を大きな声で歌って聴かせてあげようと、そう思った。
1日目よりも、2日目よりも、ちょっとマシな仕事初め3日目だった。I'm proud.
※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。
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