きらきらのお届け物。

2月2日の日記です。
中前結花 2026.02.03
誰でも

日が燦々とテーブルやフローリングに降り注ぐ。また朝が来た。
日記や朝の準備を済ませて、コーヒーを飲んで支度する。今日は朝から取材なのだった。

お相手は、もう何年もお世話になっているブランドさんなのだけれど、いつも「知らなかったこと」「身近にあったけれど、作り手や工程にまで思いを馳せることができていなかったもの」の話をたくさん聞かせてもらえて、それが本当に本当に新鮮で。いっしょにお話しさせてもらっているだけで、ずいぶんおもしろい。毎度「なんて見事な手仕事なんだろう」と感嘆してしまう内容なのだ。
「エッセイだけで食べていく」と決めたけれど、このお仕事は本当にこのブランドさんが好きで、担当者さんが好きで、毎回のお話が大好きで。そして「自分なりの」「自分のことば」で「感じたこと」を素直に書かせてもらえるお仕事だから、喜んで続けさせてもらっている。こういった場をいただけていることが、とてもとてもありがたいなあと思う。

帰りにカフェで今日1日の作業と作業時間を確認をして、心配な原稿の(おそらく)最後の見直しをする。「心から納得できているだろうか」「“わたし”を差し出すものとして恥ずかしい出来ではないだろうか」。そういうことを念頭に置きながら、何度も何度も読んで、ほんの少しだけ微調整する。これからの工程の中で、「もう2度と手を入れられない」わけではないのだけれど、やっぱりきちんと「これだ!」というものを完成させたい。そのために時間を使う。


そして帰宅すると、とびっきり。それはもう本当にとびっきり、嬉しい知らせが届いた。こんなに胸が躍ることも、きっとそうそう無い。幼い頃から、ずっとずっと影響されて、ずっとずっと大好きな憧れの人が、わたしの本を読んで感想まで書いてくださっていた。すごくすごく嬉しくて、もう飛び跳ねたくなる。何が起こるか、本当にわからない。何が起きるか、未来はいつもわからない。まだ1ヶ月しか経っていないけれど、今年いちばんのとびっきりのニュースだった。心から嬉しい。

どんなことも叶うわけじゃないけれど、続けていれば、願っていれば、精進していれば、ご褒美のように突然「どうぞ」ときらきらしたお届け物がやって来るときがある。そういうことの積み重ねで、嬉しいことがこの先もきっといっぱいいっぱいあると、ちゃんと信じられる。もちろん悲しいことだって悩むことだって日々たくさんあるけれど、こういう幸せな瞬間が、さぁ〜っと波のようにトゲトゲをさらってくれる。どこまでも遠くへと流してくれる。
周りの人に感謝しながら、顔を上げて、シャンと生きていく。

※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。

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