母の味

1月2日の日記です。
中前結花 2026.01.03
誰でも

三賀日は気持ちがいい。

早めに起きて、テーブルに座る。今日はやるべきことがあるのだ。毎年1月2日の朝に「今年の目標50個を書き出す」ということをやり始めて、かれこれ7年ぐらいになるのじゃないだろうか。「達成できるかしら?」という実現するのが難しい目標もあれば、「これは早々に達成できるだろう」という容易い目標も書き連ねる。さまざまだ。たとえば今年は「ラジオに出演する」という目標も書いた。2025年は出ることができなかったから。そして「映画を12本以上見る」というのも書いた。これはきっと叶えられるだろう。月に1度ぐらいは映画館に足を運んでいるから。まあそんな具合で、機嫌よく書き出していたら、勢い余って55個も書いてしまった。どうしよう。今年やるべきことが増えてしまった。あまり気張り過ぎるのも良くないから、このお正月休みの間に「頑張らなくていいこと」も10個書き出そうと思う。上手くいくことばっかりじゃないし、疲れちゃうと続けられないものな。塩梅、塩梅。

そして、もうひとつ。
これも恒例であるけれど、1月2日は、夕方から夫の実家で過ごすことになっている。結婚前からそうしているから、幼い姪などは「この人はだれなのだろう?」という顔をしていたけれども、そんな姪ももう立派な小学生だ。時の流れを感じずにはいられない。

夫の母は、まさに「気遣いの人」で、到着すると「寒いわね。よく来てくれたわね」と、まずは必ずお酒と豆菓子を出してくれる。豆菓子の量はたっぷりで、みんなお腹が空いているから、どうしてもそれを次から次へと口に運んでしまう。それを食べながら料理の完成を待つのだ。そうしてようやく、豪勢な手作りの「おせち」が並べられる頃、おそらくみんな思っていると思う。「やべ、豆菓子食べすぎた」と。本当に豪勢で贅沢な。なんとも美しい「おせち」なのだ。さらに「お重に入りきらなかったの」と、たっっぷりの筑前煮も運ばれてきた。「大変だ、大変だ」とみんな、好みのものをなんとか口に運んでいく。ごまめの田作りは、なぜかあまり誰も手をつけないものだから、わたしが手を伸ばして、カチカチと歯で噛みきつつ世間話に参加するのだけど、だいたい頷くことしかできない。田作りは雑談するには向いていないのだ。
そうしている間に「主役よ」と道明寺粉がたっぷりついたエビの天ぷらがやって来る。この頃にはおそらく「どうしよう、食べられない」ときっとみんな思っている。けれども、この天ぷらは毎年非常に美味しい。美味しいうえに造形がまた美しい。「お熱いうちに食べてね」と言われるものだから、なんとか頬張る。美味しい。だけどももうお腹がはち切れそうだ。「ゆかさん、エビが大好きでしょ」とお義母さんは毎年微笑んでくれる。そうなんです、普段は大好きなんです。ただ、豆菓子に田作り、肉巻きたまごや伊達巻き、筑前煮……あまりにもたくさんのものを食べ過ぎてしまったんです。けれども「もうお腹がいっぱいなので」とは言えない。「ありがとうございます!」と言って、エビの天ぷらを食べる。たくさん食べる。夫はとなりで「満腹すぎて死にそうだ」と言っている。同感だ。そうしてついに尋ねられるのだ。「お雑煮にしましょう。お餅、何個にする?」と。すかさず、全員が答える。「俺、お雑煮、餅抜きで」「わたしもお餅は抜きで」「僕もお餅は抜いてください」「わたしもお餅はなしで」「わたしもお餅は大丈夫……」。お義母さんはさびしそうに、長ネギだけ入ったお吸い物を振る舞ってくれる。これははたして「お雑煮」なのだろうか。なんだかとても申し訳ない気持ちになった。

けれどもやっぱり、「うらやましいなあ」「いいなあ」とわたしは夫のことを思う。
お正月に帰ることのできる場所があるというのは。「母の味」を堪能することができるというのは。わたしの両親は、わたしが家を出て上京したのと同じ頃、「住み込みのマンションの管理人」をするために兵庫県の実家を出てしまった。それでも、社会人になってから迎えた4度のお正月は、縁もゆかりもない奈良県の狭い管理人室に身を寄せ、家族3人で慎ましく過ごした。母はわたしのリクエストに応えて、お正月だというのに「焼きそば」も「親子丼」も作ってくれた。そういう嬉しいお正月がわたしにもあった。けれども5年目のお正月は迎えることができなかった。4年目の春に、母は亡くなってしまったから。「ゆかちゃん、おかえり」の声は二度と聞けなくなってしまったから。
太陽みたいな母を失って、わたしと父は年末年始を別々で過ごすようになった。それから、わたしは毎年、東京の街でひとり年末年始を過ごしてきた。年を越してきた。「母の作る焼きそばが食べたいなあ」「親子丼が食べたいなあ」と思いながら。もうお正月に「娘」に返ることのできる場所はなかった。そしてもう生涯食べることができない。「母の味」というのは。

だから、こうして実家に帰ることのできる。母の味をたっぷりたっぷり堪能できる夫がやっぱり羨ましいなあと思う。きっといろんな家庭、いろんな関係、いろんな事情があるだろうから「実家には帰ることができない」という人もたくさんいるだろうと思う。そんななかで、良い関係を築けていて、こんなにあたたかいお母さんが毎年腕を振るってくれる。その手作りの料理で「お腹がいっぱい」だなんていうのは、本当にしあわせなことにきっと違いない。夫には1日でも長く、「帰る場所」があればいいなあと思う。そしてこのしあわせができるだけ長く続いてほしいなあと思う。
しかしながら夫は。今年もとなりで「お腹がやばい」「きつい」と苦々しい顔をしていた。まあ、それは本当にそうだろうと思うけれども。
何気なくひょいと反対側のとなりを覗くと、お義母さんのお雑煮にだけ、小さなお餅がひとつ入っていた。思えば、お義母さんは振る舞うばかりで、きっとろくに料理を食べることができていなかったんじゃないだろうか。ようやく、お雑煮でひと息ついているのだ。それもまた申し訳ない。満腹でも、お餅抜きのお吸い物は出汁の味が風味豊かですごくすごく美味しかった。お義母さんには敵わないけれど、すごくすごくお上品だった。お上品で美味しいお吸い物だった。
わたしにはもうお母さんはいない。だけど、こうして料理上手なあたたかいお義母さんができて本当によかったなあということは何度も思う。そして最後にお義母さんは言う。「さあ、みんなでみかんでも食べましょうか」。全員がブルブルと首を横に振っていた。それを、お義母さんはとてもとても不思議そうに眺めていた。

※これはエッセイではなく、あくまで紙に書いているつもりの「日記」です。

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